胃カメラへの道

やっとERのベッドで落ち着いた頃、一人目のドクターがやって来ました。仕事できそう〜なオーラが漂う若いアジア人のドクター。

 

彼女は私が日本人であることをふまえ、

「Helicobacter Pylori(ヘリコバクターパイロリという発音に近い)のことは知っている?」と聞きました。

 

私は渡米して13年ほどで、英語に関して日常生活で困ることはほとんどありません。しかし医療英語となると話は別。

 

話の流れから女医の言うそれがバクテリアであり、日本人…というかアジア人の多くが保菌しており、胃潰瘍などの原因になるという説明まで聞いたところで

「あっピロリ菌のことか!」と気がつきました。

まるで連想ゲームです。

 

私が保菌しているかは検査をしないとわからないとのこと。この時点ではピロリ菌検査については言及されませんでした。

 

そしてもう一つ質問されたのは、鎮痛剤のIbuprofen(イブプロフェン)を常用しているかどうかでした。前回書いたように私は痛みに対して気力でどうにかしようという傾向があり、鎮痛剤はよほどのことがない限り使いません。

でも必要な時はイブプロフェンを飲むので、

「時々服用します」と答えました。

 

イブプロフェンのかなり稀な副作用として、血便や血尿などがあるようです。しかしよほど頻繁な、更には空腹時の服用があるのでなければ、可能性は低いと言われました。

 

続いて現れたのは胃腸科の男性ドクター。50代後半でしょうかやや小柄で優しげな印象でした。

彼は今日は何か食べたかと質問しました。

 

朝食前のトイレ事情によりERに来ることになったので、昨夜の蟹以降何も食べていない。そう伝えるとそれは好都合とすぐに胃カメラの手配を始めました。

 

胃カメラと麻酔科。

 

アメリカでは胃カメラの時の全身麻酔は常のようです。

私はそれまで胃カメラをやったことがなかったけれど、もちろん悪い噂は聞いていたので全身麻酔は喜ばしい知らせでした。まぁ全身麻酔も初体験なんだけど。

 

運良くなのか、無理やりなのか。その日の午後に胃カメラの予約が入れられました。ERのベッドで少し休んだ後車椅子で麻酔の準備をする部屋に運ばれた私。夫も一緒に。

 

その時の私は自分の状況を悲観することも今後の展開を憂慮することもなかったです。

 

ただただ夫に対して

「心配かけてごめん」

とそのことだけが頭の中を占領していました。

ER 3

まず鼻のあなの奥の方に麻酔薬が噴射され、感覚が鈍くなったところで鼻チューブが挿入されました。

先ほどのナースの説明に従って、飲み込むように、入って来るチューブに逆らわないように努める私。

特に吐く時に注意しゆっくり呼吸をして、体全体をリラックスさせるようにする。緊張して体が強張っていると余計に痛いのです。

 

「とっても上手ね!鼻チューブのチャンピオンになれるわ!」

 
と、嬉しいようなそうでもないような賛辞がべっぴんナースから贈られました。
 
チューブが胃に到達し溜まっていた血液が吸い出されて、チューブの先についた機械にぶら下がっているビニールの袋が半分くらい赤くなるのを見ていた私。チューブが納まるべきところにあるせいか、少し楽になりました。
 
 
 
途中で咳き込んで血が飛び散るのは、結構あることらしいです。
 
そして患者がなにかの感染症にかかっているという可能性を考慮し、ナース達はこの透明バイザーを着用しているのです。というわけで、日々私と各種体液を交換しあっている夫にはこのバイザーは必要ない、ということか。
 
「特に太った人は上手くできないの。気道が狭くなっていて、かつ収縮しやすくなっているから。普通はこの人みたいにキレイにやれる処置じゃないからね。」
 
そうべっぴんナースが研修救急隊員に説明しています。
 私は、なんだか誇らしげな気分でした。 
 
 
 
しかし数十分後、麻酔が切れてきたのか鼻チューブが痛み出しました。
 
チューブを入れた後ナース達はみなどこかに行ってしまい、続いて病院の入院手続き係りの人がやってきて夫は各種の書類にサインをしたり支払いをしています。
 
当然ですが息をするたびに気道には違和感、唾液を飲み込むのもつらく、しかし血はほぼ吸い出されたのかもう出てこず。
 
通常痛みや不快感に強くそれを我慢しがちな私ですが、鼻チューブの感覚にはそれ以上我慢ができませんでした。これを何日も入れている人は、病気で痛い箇所より鼻の痛みでギブアップなんじゃないの。
 
ナース達は忙しげに部屋の外を行ったり来たりしているけれど、なかなか呼び止められません。
運よく、一人が部屋に入って来たので
 
「鼻チューブを抜いて欲しいのだけど」と涙目で聞いてみた。
 
ナースは誰かに確認を取り、チューブを抜いてくれました。
 
チューブを入れるのは時間もかかり辛かったけれど、抜く時の「ずるり」としたあっという間の感触。ああ、スッキリ。
 
これで息ができるよ。

ER 2

さて、大量の出血により倒れた私。
 
しばし目の前が真っ暗になり
続いて数人の人が駆け寄ってくる気配を感じました。
 
がやがやと声も聞こえてきます。
 
一時して意識が戻った私は
男性ナースに抱え起こされ、
車椅子に座ろうというところでした。
 
車椅子で部屋に着くと
美人ナースが私を着替えさせてくれ、
色々なモニターに繋ぎ、
点滴の針をさし管を繋ぎ、
私にシーツを掛けてくれ、
さらに夫と話をするという一連の作業をテキパキと行いました。
 
仕事のできる美人は最強。
 
私は着替えたせいか点滴のせいか、
一気に寒くなって
暖かくもなんともないシーツを手繰り寄せて、
どうにか体温を保とうとしていました。
 
そんな感じで朦朧と横になっている私に美人ナースが、
「胃の出血がひどいのでチューブを鼻から入れて血を吸い取ります」
と言いました。
 
その時点でナースが3人
訓練中らしき救急隊員の人が1人
そして私の夫と、狭い部屋に5人がぎゅうぎゅうづめです。
 
 
別のナースが手順や注意事項を説明してくれました。
 
一番のポイントは、
「苦しくてもなるべく咳き込んだりしないように、
チューブを飲み込むという感覚でお願いします」とのこと。
 
「では始めます」
 
そこで夫以外の4人がサッと透明サンバイザーを装着!
透明なプラスチックで顔の前面が覆われた状態です。
 
「えっ何ですかそれ?」と聞く夫に
 
「血が飛び散ると悪いから」とナースが返答。
 
 
「じゃあ僕はしなくてもいいんですかーーー?」
と言う夫を尻目にさっさと処置は始まったのでした。
 
 

ER

続いて電話を折り返してくれた夫に事の顛末を話すと

彼は慌てて職場から戻って来ました。

 

夫の運転する車に乗り込み

道中で息子を友人に託し

20分くらいでERに到着。

 

私たち家族の入っている保険がカバーする医療機関

隣の街まで行かないと緊急医療は受けられないのです。

 

ERの建物入り口では警備員の所持品検査を受けて

金属探知機を通ります。

 

ここはアメリカ。

 

こういったセキュリティーはディズニーランドや

スポーツスタジアムなどそこかしこにあります。

ですが、ERにもあるとは思わなんだ。

 

受付で診察券を見せてなぜ来たのかを伝えると

 

「呼ぶまで待っててね」

 

ロビーには他に2、3人の人が待っていました。

 

一度呼ばれて体重、血圧、体温などを計られ

また待った。

 

胃がムカムカする。

水も飲めない。

早くベッドに横にならせて。

 

そこでまた便意をもよおした私は

「一緒に行こうか?」と問う夫に

「すぐそこだし大丈夫だよ」と言ってトイレへ向かいました。

 

どうにかトイレに腰掛けたら

また出ました黒い便が。

 

ERに来る前に電話で話したナースから聞いて、

これは便に血が混じっているせいなんだということを知りました。

生臭いと感じたのは血の臭い。

ネットで見たらタール便というらしい。

 

それが出るとまた吐き気が続いてやって来ました。

便器に座ったまま、先ほど受付で手渡されていた

嘔吐袋に嘔吐。

 

どうにか落ち着いて手を洗った私は

内容物の入った嘔吐袋を握りしめてトイレを出ました。

 

夫の方に向かって歩き出しましたが、

目の前がチカチカしています。

 

普段から貧血気味なので

いつもの立ちくらみだと思い、

しばしチカチカが落ち着くまで壁にもたれかかりました。

少し経って頭がしゃんとした気がしたので
壁伝いにロビーを歩き出して
そしてちょうど受付の目の前に来た時に
気を失ってぶっ倒れてしまったのです。
 

胃がん劇場 はじまり

アメリカの学校にも春休みがあります。
 
2017年4月3日
息子の1週間の春休み初日、朝8時ころ。
 
私は2人の友人たちと
『今日は何をして子供たちの有り余るエネルギーを発散させるか』
を議題にLineをしていました。
 
一人のママが
「今日はお天気も良いしビーチに行く?」
 と言えば、
 
別のママが
「ビーチいいアイデア
それかうちのプールでもいいよ」
 
朝の光溢れる部屋で交わされる
そんな平和なやり取りの最中
不意にトイレに行きたくなった私。
 
ちょいと失礼、とトイレへ行きまして
 
そしてたった今自分の生み落とした物体。
それを振り返って覗き込みましたら
さて?一体これは?
なんだかやけに色が黒い。
見たことのない色と
べっとりとした質感。
 
少し不気味に思いながらもそれを流して
手を洗いはじめた途端に
ひどい貧血のようなめまい
そして次には猛烈な吐き気が襲いました。
 
この時点ではまだ朝食を食べていなかったので
昨夜食べた物が悪かったのかな、
もしかしてカニを食べすぎるとこうなるのかな?
と頭をよぎりました。
 
その訳は黒くて粘着性の便が、
何か生臭い臭いがしたからです。
前日は夕食にカニをしこたま食べたから。
 
うーんすごく気持ち悪い・・・と床に座り込む私。
しかしついに我慢できず嘔吐。
 
白い便器に飛び散ったのは
昨夜堪能したカニの身ではなく
ワインレッド色の吐瀉物でした。
 
これは・・・血!?
 
人生初の吐血におののきながらも
とりあえず先ほどの友人たちにLine。
 
「ちょっとーびっくり、
今さ吐血しちゃって・・・」
 
それを聞いた友人たち
「何を呑気にしてるの、すぐに病院に行きな!」
と息子のベビーシッターを買って出てくれました。
子供がベビーじゃなくても
子供を見ていてもらうのは
ベビーシッターと言うのですね。
持つべきものは友達です。
そしてすぐに夫に電話です!
しかしミーティング中で
電話に出られないとのテキストメッセージ。
 
留守電にメッセージを残し、
ついでにワインレッドの便器の写真を
テキストメッセージに送りつけました。
 
その後かかりつけの医療機関に連絡をすると、
私の話を聞いたナースはドクターと話をして
するとすぐに慌てた様子で
「それは内蔵の出血が疑われます。
すぐにERに向かってください!」
と告げました。
 
 
 
 
 
 

はじめまして

さて最初に自己紹介。
 
私は2017年4月に
胃がんステージⅡbを宣告されました。
41歳日本人女性。
 
夫と息子が一人
現在はアメリカに住んでいます。
 
ある日突然思いもよらぬがん宣告をされました。
 
しかし早いステージで見つかったがんでしたので
入院手術と6ヶ月に渡る抗がん剤治療を終えて、
今はそこそこ元気です。
 
 
そんな私が
アメリカで体験したがん治療をお伝えしていきます。
 
 
記憶や記録が曖昧なところもあるので
がん治療の参考になるかは不明ですが、
一人の体験者のお話として読んでいただければ幸いです。